韓国人のクラシック名演奏家たち

前田真彦 6/18更新

鄭京和 バルトーク  バイオリン協奏曲1,2番
  ベートーベン バイオリン協奏曲
鄭明勲   シェーラザード(リムスキーコルサコフ) 火の鳥(ストラビンスキー)  
  ブラームス 交響曲第1番   アジア・フィルハーモニー管弦楽団
  ドボルザーク 交響曲3,6,7,8番 ウィーン・フィル 10/5
チョン・トリオ ベートーベン ピアノトリオ「大公」
チャン・ヘウォン ハイドン ピアノ協奏曲4,7,9,11番
チャン・ハンナ ハイドン チェロ協奏曲 1番2番 1/9
    白鳥 チェロ名曲集 6/18
カン・ドンスク フォーレ バイオリン・ソナタ 1番・2番 9/10
チャン・サラ R・シュトラウス バイオリン協奏曲 / バイオリン・ソナタ 11/13

クラシック音楽界にも世界的に活躍する韓国人音楽家たちがいます。ここでは僕の愛聴盤の中からいくつか選んで紹介します。韓国人演奏家だからこうだという聴き方は、僕はしません。しかしまた日本人演奏家がそうであるように、ヨーロッパ系の音楽家達とは一味ちがう持ち味があることも確かなようです。


鄭京和 バルトーク バイオリン協奏曲1,2番 ショルティ指揮 シカゴ交響楽団

鄭京和(チョン・キョンファ)は世界的に活躍する韓国人音楽家の草分け的存在です。1948年韓国生まれ。12歳で渡米してジュリアード音楽院に入学。名教師ガラミアンのもとで研鑚を積む。1967年レーヴェントリット国際コンクールで優勝。このときのもう一人の優勝者がズーカーマン。審査員が甲乙つけがたいということで、2人の優勝者を出した異例の措置がとられました。
僕は学生時代に大学のオーケストラでバイオリンを弾いていましたが、その時からの熱烈なファンです。
ピンと張り詰めた音色と、鋭いリズムは彼女ならではのものがあります。学生時代は彼女のシベリウスのバイオリン協奏曲が好きでした。今はシベリウスよりバルトークの協奏曲をよく聞きます。
1番はバルトークと親交のあった女流バイオリンニスト、ガイエルに捧げられ、ガイエルの死後遺品の中から発見されたといういわく付きの作品です。バルトーク初期の作品です。
2番はバルトークのもっとも充実していた時期のもので、12音技法を取り入れた傑作です。
僕は2番の出だしが好きですね。あの切り込んでいくような緊迫感は何度聞いてもぞくぞくします。
韓国人演奏家とはちょっと話がずれますが、僕はバルトークの曲ではビオラ協奏曲とピアノ協奏曲の3番が好きです。バルトークは管弦楽や弦楽四重奏など神経質で暗い曲を書く人ですが、協奏曲になると歌う旋律が出てきて随分聞きやすくなります。ハンガリー民謡を取り入れたりしていますが、東欧の旋律はどこか東洋に通じるところがあるのか、親しみがもてます。

  

鄭京和ベートーベン バイオリン協奏曲コンドラシン指揮 ウィーンフィルハーモニー

僕の最も好きな曲です。この曲だけでも10枚ぐらいはCDを持っています。その中の最高の演奏がこれです。清潔感のある演奏です。鄭京和の演奏はピンピンした線の細いところが魅力ですが、時には神経に響くようで疲れます。が、この曲自体が落ち着いているため、鄭京和の線の細さが清潔感となって曲想にピッタリ合います。精神的に研ぎ澄まされ、それが神経質にはならず、透明感として心に染み込んできます。鄭京和はこのCDのあと、テンシュテットとの再録音をしています。そちらも名盤の誉れが高いのですが、僕は断然こちらを推します。
ベートーベンのバイオリン協奏曲のCDをたくさん聞いてきた者として、もう一枚推薦するなら、ヘンリク・シェリングとイッセルシュッテットのCDを薦めます。鄭京和とは全く違った演奏で、男性的でぐいぐい突っ込んでいく演奏です。この曲の持っている精神的な高みに、意志の力で上っていくような積極的な姿勢がすばらしいです。


鄭明勲   リムスキー・コルサコフ 「シェエラザード」  ストラビンスキー 「火の鳥」
       パリ・バスティーユ管弦楽団 

鄭明勲は1953年韓国生まれの世界的指揮者。バイオリンニスト鄭京和の弟。もとはピアノの名手で7歳でソウルフィルハーモニーと共演しています。1974年にはチャイコフスキーコンクールで2位。ピアニストとしても超一流です。ピアニストとして活動しながら指揮の勉強をはじめ、今では指揮活動の方が中心です。フランスを中心に活動しています。パリ・バスティーユ管弦楽団との一連のCDは名演ぞろいです。

「シェエラザード」はアラビアンナイトを音楽化した色彩豊かな一大音の絵巻です。冒頭の重苦しい「サルタン王」の主題と、そのすぐ後にサルタン王の怒りをしずめる「シェエラザード」の旋律がハープをともなって独奏バイオリンで登場します。このあとシェエラザードが王に語り聞かせる物語が音楽化されています。

「火の鳥」はバレー音楽として作曲されていますが、このCDに収録されているのは1919年の組曲版のほうです。ストラビンスキーは面白い作曲家で、作曲の年代によって、これが同じ人の手になるものかと驚くぐらいの変化を見せてくれます。「火の鳥」はストラビンスキー初期のロマン的な雰囲気が濃厚に反映されている曲です。

この2曲はともにオーケストラの面白さを堪能させてくれます。鄭明勲の演奏は、しなやかな歌が特長です。オーケストラをたっぷり鳴らしながら、メロディーの線を際立たせながら、音楽を進めていきます。僕はこのCDを聴くと、心がスカッとしますね。
 

鄭明勲  ブラームス  交響曲第1番  アジア・フィルハーモニー管弦楽団

このCDは僕の活力剤です。とにかくすごい感動の名演です。これを聴くと「よし、がんばろう」という気持ちが湧いてきます。
アジア・フィルハーモニーというのはアジアの優秀な若手を集めて作った臨時の寄せ集めオーケストラです。へたくそなプロよりよほど上手いです。やる気が伝わってきて、音が生きています。それにこの演奏はソウルでのライブ録音です。演奏の熱気が違います。演奏の最初と最後の拍手もそのまま入っています。特に演奏後の拍手から、この演奏を聴いたソウルの聴衆の熱狂ぶりが伝わってきます。そしてその拍手に応えて、アンコール曲「ハンガリー舞曲第5番」も収録されています。
ドイツのクラシックレコードの老舗「グラモフォン」がソウルに録音機材を持ち込んでのライブ録音というのもうれしいですね。アジアの若者が、鄭明勲の指揮で燃えに燃え、ソウルの聴衆も熱狂し、それをドイツのレコード会社が録音し、世界に向けて発売した、という記念碑的CD、記念碑的名演です。

 

鄭明勲 ドボルザーク 交響曲第3,6,7,8番 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

ドボルザークは親しみやすい旋律を書く作曲家です。8番と9番「新世界」が有名ですが、ここに挙げた3,6,7番もいい曲です。鄭明勲とウィーンフィルのこのシリーズ早く全曲完成してほしいです。この4曲の中では一番有名な8番がむしろ薄味になってしまった感じで、3,6,7番のしっかりと歌いこんだ鄭明勲の演奏が心地いいです。僕は学生時代には1枚のCDを徹底して繰り返し聴いたものですが、最近はそんな聴き方をしなくなりました。が、このドボルザークのCDはついつい何回も聴いてしまいます。それほど心地よく聴けるのです。

 

チョントリオ  ベートーベン  ピアノトリオ 「大公」
 
チョントリオとはバイオリンの鄭京和と指揮者鄭明勲(ここではピアノ)そして鄭明和(チェロ)の三姉弟のトリオです。韓国きっての音楽一家です。兄弟が二人とも音楽家というのは珍しくありません。親子もです。が、3人ともなるとさすがに珍しいですね。ハーゲン弦楽四重奏は3人兄弟に第二バイオリンが加わった形ですが、チョントリオのように、兄弟だけでトリオを組むという例、しかも世界トップ水準で、というのは本当に珍しいです。
さて、曲はピアノトリオの王様のような曲です。堂々たる風格といい、2楽章の深みといい、ピアノトリオ最高の曲です。
実はこの曲には個人的な思い出があります。大学1年のときの北陸3大学(金沢大、富山大、福井大)の芸術交歓祭のアンサンブル部門で、「大公」の1楽章を演奏しました。当時の富山大学で一番チェロの上手かった先輩と、音楽を専攻している先輩がピアノ、そして僕がバイオリンをひきました。大変緊張しましたが、いい経験をさせてもらいました。この曲の1楽章はアンサンブルの妙が味わえます。聞くときもそうですが、演奏するとチェロとのかけ合い、ピアノとのかけ合いが随所にあって、面白いです。アンサンブルの面白さを堪能できる曲です。
僕の愛聴盤はカザルストリオの歴史的名盤です。スケールの大きな演奏で、聞けば聞くほど味わいが深まります。チョントリオの演奏はそれに比べると、正直言って聞きおとりがします。特にチェロがピアノ、バイオリンに比べて落ちるので、どこか合奏としての充実度にかけるように思います。チョントリオの演奏としては、「大公」より、チャイコフスキーの「ある芸術家の生涯」の方がいい演奏をしていると思います。しかし、カザルストリオの録音は1929年というレコード録音初期のもので、ききずらいところがあり、目下のところ、チョントリオの「大公」が僕の愛聴盤となっています。

 

チャン・ヘウォン  ハイドン  ピアノ協奏曲4,7,9,11番 (ナクソス)

小学校の5年からクラシックを聞いてきました。それ以降ベートーベンやチャイコフスキー、ブルックナー、モーツアルト、マーラーなどいろんな作曲家を遍歴してきました。10年ぐらい前はベートーベンにしばらく夢中になった時期もありますが、今一番好きな作曲家は聞かれたらまよわず「ハイドン」と答えます。年齢とともに好きな作曲家が変っていくのも面白いことですね。
さて、ハイドンの魅力は「自然なロマン性」にあるとでもいえるでしょうか? 普通ロマン派といえば、こちらの感情をあおってきますが、ハイドンはそういうことはありません。時代的には古典派ですが、ロマンがぎっしり詰まって、それを優雅に控えめに出しているところが、本当に、いとおしくなってきます。
このCDもそういうハイドンの魅力がいかんなく発揮されています。チャン・ヘウォンのことはよく知りません。韓国出身のピアニストで写真で見ると眼鏡をかけた普通のおばさんです。演奏はハイドンにピッタリの控えめで、清潔な音色です。僕はこの曲のある楽章を卒業式のバックミュージックとして使おうかと考えたこともあります。1000円の廉価版ですが、中身充実したCDです。

チャン・ハンナ  ハイドン  チェロ協奏曲 1,2番  (EMI)

僕の一番好きな作曲家がハイドンです。ハイドンの何かそれほどいいのか、一言では言い表せませんが、エレガントで繊細で、常に中庸を保ち、工夫に満ちているところ、それに、すごくロマンチックなところです。ハイドンのロマンチストぶりが最大限発揮されているのが、このチェロ協奏曲です。

チャンハンナは天才少女。この人の演奏は清潔です。脂ぎったチェロではなく、あっさりさわやかなチェロ。線は細いが芯はしっかりしていて、よく歌っています。こういう若々しい演奏、本当にハイドンのこの曲にピッタリです。胸がキュンときますね。ハイドン入門にも最適の1枚です。

チャン・ハンナ  白鳥 チェロ名曲集 (EMI)

チャン・ハンナは天才チェリストとして世界的に活躍しています。その天才ぶりは上のハイドンのチェロ協奏曲で遺憾なく発揮され、清潔感のある演奏は、ハイドンの曲想とぴったりで、僕の愛聴版の一枚です。そのチャン・ハンナがチェロ名曲集を出した。まずジャケットからして、ちょっとびっくりしました。ハイドンのジャケットは少女だったのが、ここでは完全に女の顔になっています。美人だな。年は17歳。

収録されている曲も思春期後期にふさわしく、ちょっとセンチな曲ばかりです。ハンナの芸域が広がったことを歓迎しながらも、僕は正直楽しめませんでした。解説にハン ナが直接書いていますが、同世代に対する癒し系のメッセージのつもりでこのCDを作ったとのこと。確かに思春期の悩める魂にはぴったりかも知れません。しかし、僕のような中年のおじさんがパソコンをいじりながら聴く曲としてはおセンチにすぎる。もっとはつらつと、みずみずしい演奏が聴きたい。ロマンチックにいくならもっと徹底しておぼれてほしい。

一人の人間がどう成長していくのか、天才少女がどうやって成熟していくのか、そういう意味では大変興味深いCDです。これからハンナがどんなCDを出していくのか、どんな演奏をしていくのか、これは僕の楽しみです。

このCDに関して、ちょとと否定的ともとれる感想を書いてしまいましたが、演奏自体はすばらしいです。特に中高校生のみなさんには共感できる部分が多いのではないでしょうか? 韓国の同世代の演奏家と一緒に美しくセンチメンタルなひとときを過ごすのも、またいいものです。CDかしますよ。

 

カン・ドンスク  フォーレ  バイオリン・ソナタ  (ナクソス)

カン・ドンスクは癖のない音楽を演奏する人です。強烈な個性で聴かせるのではなく、真正面からじっくり作品と向かい合い、誠実に演奏するタイプの音楽家です。音色はしっとり深みがあって、ビブラートも控えめです。フォーレのバイオリンソナタとは肌が合うのでしょう。名演になっています。ピアノのドヴァイヨンもいい演奏をしています。ソナタの間に入れられている「子守歌」などの小品も魅力的です。
以前大阪フィルハーモニーとチャイコフスキーの協奏曲を共演したときに聴きに行ったことがあります。バイオリン界はユダヤ系の脂っこいバイオリンニストが主流になっていますが、アジア系のバイオリンも魅力的です。鄭京和のような精神的にはりつめた演奏も、アジア系の一つのあり方ですが、カン・ドンスクのように、しっとり深いというのもまた一つのアジア系のタイプだと思います。カン・ドンスクは派手さが全くないので、日本ではあまり知られていませんが、もっともっと聴かれていい演奏家です。

チャン・サラ  R・シュトラウス バイオリン協奏曲・ソナタ  
ヴォルフガング・サヴァリッシュ(指揮・ピアノ)

1980年生まれの天才バイオリンニスト。最近は天才少年少女が大勢登場するから、さして驚きませんが、チャン・サラは本物、超大型です。艶やかで大胆な音のつくり。自由奔放にして繊細。曲がまためずらしい。R・シュトラウスのバイオリン協奏曲もソナタも僕自身がこのCDでしか知らないから、他の演奏とは比較できませんが、ぐいぐいひきつけられていきます。
この人、ちょっと容貌で損をしているところがありますね。正直言いますと僕もCDをあまり買ってみる気にはなれませんでした。ところがNHKの番組で彼女の演奏と、インタヴューを見て、すっかり感じ方が変りました。彼女はステージ上から客席ににっこり笑いかけたり、演奏しながら笑ったり、とにかく表情がゆたかで、大胆。音楽のつくりも、堂々と骨太で、ぐいぐいと歌っていく。これにはまいったな。単なる指がよく動く天才じゃない。ちゃんと表現すべき自分をもっていると感じました。インタヴューも韓国語で、アメリカ生まれアメリカ育ちと思えないほど愛嬌のあるかわいい韓国語を使っていました。
大阪に来たら何としても聴きに行かなくっちゃ。

 

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