チョン・ミョンフン(鄭明勳)の魅力 5/7

ヴェルディ レクイエム  NHK交響楽団  5/7 KICC 3034/5
メンデルスゾーン、ブラームス ピアノ三重奏曲 第1番 5/6 POCL-1516
ベートーベン ピアノ、バイオリンとチェロのための三重協奏曲 5/5 POCG-10100
リムスキー・コルサコフ、ストラビンスキー 「シェラザード」「火の鳥」 POCG-50039
ブラームス 交響曲第1番  アジアフィル POCG-10079
ドボルザーク 交響曲3、6、7、8番 ウィーンフィル POCG-10271
POCG-10014
ベートーベン ピアノトリオ 「大公」 CEC2CD-0054,5731192

 

ヴェルディ レクイエム  NHK交響楽団

チョンミョンフンの素晴らしさは、その芸域の広さにあります。室内楽から合唱付の大編成、古典派から現代のメシアンまで、オペラも振れば、ドイツもの、フランスものも。そしてピアニストとしても…。こんなにレパートリーの広い演奏家はそういないのではないでしょうか? さらに付け加えるならば、メッセージ性の強い演奏をするところにも特徴があります。「地球賛歌」のような世界平和を願うCDが多いのも一つの特徴です。ヨーロッパ出身の演奏家と違って、世界という視野がもてるのもチョンミョンフンの強みでしょう。
さて、このCDからはチョンミョンフンとN響の相性のよさがわかります。合唱も、ソリストの皆バランスよく、素晴らしい出来栄えです。
CDの演奏を評価する時は、聴き比べということが有効です。僕はヴェルディのレクイエムはチョンミョンフンの師匠にあたるカルロ・マリア・ジュリーニの演奏で持っていますが、こちらは騒がしく感じられるところが多々あります。ミョンフンの演奏は、ゆったりとしたテンポでたっぷり歌わせますから、音に心が通ってどこをとっても説得力があります。
合唱付の大編成の曲の演奏に熟達し、宗教的なメッセージの扱いに手馴れているので、この曲を全体的によく把握しているのがよくわかります。それにN響もソリストも安心しきってついていっている、そんな名演です。

 

メンデルスゾーン、ブラームス  ピアノ三重奏曲第1番  チョントリオ

ピアノの明勲(ミョンフン)、バイオリンの京和(キョンファ)に比べて、チェロの明和(ミョンファ)が弱いということがよく言われます。確かに、明勲、京和の強烈な個性に比べると、チェロが弱く聴こえるのも事実です。しかし、このトリオの演奏はこれでいいのだという気がします。弦楽四重奏でもそうですが、あまりに4人のバランスが均衡にとれいてると、音楽に動きがなくなって面白味が欠けることがあります。チョントリオはピアノが安定し 、どっしり豊かに歌い、それにバイオリンが乗る。そしてチェロはそっと付き添い、要所要所は出てくるというタイプ。チェロが出過ぎない分、トリオとしては重くなくていいです。

さて曲の方ですが、メンデルスゾーン の室内楽は僕は大好きなのですが、ここではブラームスが圧倒的にいいと思います。鄭明勳のドイツものは明るく、重くならないのが特徴ですが、チョントリオはチェロが重くない分、ここでも明るくゆったりと歌うブラームスになっています。

それにしてもピアノが上手い。

 

ベートーベン ピアノ、バイオリンとチェロのための三重協奏曲 フィルハーモニア管弦楽団

これは鄭一家ファンにはこたえられない一枚です。バイオリンがチョンキョンファ、チェロがチョンミョンファ、そしてピアノと指揮がチョンミョンフン。ぴったり息のあった素晴らしい名演です。僕は歴史的名盤の誉れ高いカラヤン、オイストラッフ、ロストロポービッチ、リヒテルのCDを今まで聴いてきましたが、こちらはブラームスの二重協奏曲は文句なしに名演だと思いますが、ベートーベンの方には不満を持っていました。三重協奏曲ということ自体が演奏に負担になり、どっちつかずの演奏になりやすい難曲だと思います。
チョントリオの演奏は、3者のバランスがよく、どのパートも控えめながらよく歌っており、全曲しっかりと聴かせてくれます。 さすが普段からトリオとして活動しているだけあって、控えめにする所、出すところ、合わせる所のツボをきちんとおさえた演奏をしています。世界的名手を集めても、聴かせるアンサンブルにならないということの証明のようなものです。ピアノ、バイオリン、チェロの3者、いや、それに指揮者の4者(チョン・ミョンフンの二役)というこの演奏だからこそ、しっくりと落ち着いた 、それでもって生き生きとした聴かせる演奏が可能だったのです。
後半にはいっているチョン・キョンファのバイオリン独奏によるロマンスの1番、2番、そして世界初録音の「ピアノ、フルートとファゴットのためのロマンス・カンタービレ」もすっきりとした演奏になっています。

チョン・ミョンフンファンならずとも、これは必聴の一枚です。

 

リムスキー・コルサコフ 「シェエラザード」  ストラビンスキー 「火の鳥」
パリ・バスティーユ管弦楽団 

鄭明勲は1953年韓国生まれの世界的指揮者。バイオリンニスト鄭京和の弟。もとはピアノの名手で7歳でソウルフィルハーモニーと共演しています。1974年にはチャイコフスキーコンクールで2位。ピアニストとしても超一流です。ピアニストとして活動しながら指揮の勉強をはじめ、今では指揮活動の方が中心です。フランスを中心に活動しています。パリ・バスティーユ管弦楽団との一連のCDは名演ぞろいです。

「シェエラザード」はアラビアンナイトを音楽化した色彩豊かな一大音の絵巻です。冒頭の重苦しい「サルタン王」の主題と、そのすぐ後にサルタン王の怒りをしずめる「シェエラザード」の旋律がハープをともなって独奏バイオリンで登場します。このあとシェエラザードが王に語り聞かせる物語が音楽化されています。

「火の鳥」はバレー音楽として作曲されていますが、このCDに収録されているのは1919年の組曲版のほうです。ストラビンスキーは面白い作曲家で、作曲の年代によって、これが同じ人の手になるものかと驚くぐらいの変化を見せてくれます。「火の鳥」はストラビンスキー初期のロマン的な雰囲気が濃厚に反映されている曲です。

この2曲はともにオーケストラの面白さを堪能させてくれます。鄭明勲の演奏は、しなやかな歌が特長です。オーケストラをたっぷり鳴らしながら、メロディーの線を際立たせながら、音楽を進めていきます。僕はこのCDを聴くと、心がスカッとしますね。

とくに「火の鳥」の「子守歌」から「フィナーレ」にかけての、歌い込み方と盛り上げ方は最高です。
 
 

ブラームス  交響曲第1番  アジア・フィルハーモニー管弦楽団

このCDは僕の活力剤です。とにかくすごい感動の名演です。これを聴くと「よし、がんばろう」という気持ちが湧いてきます。
アジア・フィルハーモニーというのはアジアの優秀な若手を集めて作った臨時の寄せ集めオーケストラです。へたくそなプロよりよほど上手いです。やる気が伝わってきて、音が生きています。それにこの演奏はソウルでのライブ録音です。演奏の熱気が違います。演奏の最初と最後の拍手もそのまま入っています。特に演奏後の拍手から、この演奏を聴いたソウルの聴衆の熱狂ぶりが伝わってきます。そしてその拍手に応えて、アンコール曲「ハンガリー舞曲第5番」も収録されています。
ドイツのクラシックレコードの老舗「グラモフォン」がソウルに録音機材を持ち込んでのライブ録音というのもうれしいですね。アジアの若者が、鄭明勲の指揮で燃えに燃え、ソウルの聴衆も熱狂し、それをドイツのレコード会社が録音し、世界に向けて発売した、という記念碑的CD、記念碑的名演です。

 

ドボルザーク 交響曲第3,6,7,8番 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

ドボルザークは親しみやすい旋律を書く作曲家です。8番と9番「新世界」が有名ですが、ここに挙げた3,6,7番もいい曲です。鄭明勲とウィーンフィルのこのシリーズ早く全曲完成してほしいです。この4曲の中では一番有名な8番がむしろ薄味になってしまった感じで、3,6,7番のしっかりと歌いこんだ鄭明勲の演奏が心地いいです。僕は学生時代には1枚のCDを徹底して繰り返し聴いたものですが、最近はそんな聴き方をしなくなりました。が、このドボルザークのCDはついつい何回も聴いてしまいます。それほど心地よく聴けるのです。

 

チョントリオ  ベートーベン  ピアノトリオ 「大公」
 
チョントリオとはバイオリンの鄭京和と指揮者鄭明勲(ここではピアノ)そして鄭明和(チェロ)の三姉弟のトリオです。韓国きっての音楽一家です。兄弟が二人とも音楽家というのは珍しくありません。親子もです。が、3人ともなるとさすがに珍しいですね。ハーゲン弦楽四重奏は3人兄弟に第二バイオリンが加わった形ですが、チョントリオのように、兄弟だけでトリオを組むという例、しかも世界トップ水準で、というのは本当に珍しいです。
さて、曲はピアノトリオの王様のような曲です。堂々たる風格といい、2楽章の深みといい、ピアノトリオ最高の曲です。
実はこの曲には個人的な思い出があります。大学1年のときの北陸3大学(金沢大、富山大、福井大)の芸術交歓祭のアンサンブル部門で、「大公」の1楽章を演奏しました。当時の富山大学で一番チェロの上手かった先輩と、音楽を専攻している先輩がピアノ、そして僕がバイオリンをひきました。大変緊張しましたが、いい経験をさせてもらいました。この曲の1楽章はアンサンブルの妙が味わえます。聞くときもそうですが、演奏するとチェロとのかけ合い、ピアノとのかけ合いが随所にあって、面白いです。アンサンブルの面白さを堪能できる曲です。
僕の愛聴盤はカザルストリオの歴史的名盤です。スケールの大きな演奏で、聞けば聞くほど味わいが深まります。チョントリオの演奏はそれに比べると、正直言って聞きおとりがします。特にチェロがピアノ、バイオリンに比べて落ちるので、どこか合奏としての充実度にかけるように思います。チョントリオの演奏としては、「大公」より、チャイコフスキーの「ある芸術家の生涯」の方がいい演奏をしていると思います。しかし、カザルストリオの録音は1929年というレコード録音初期のもので、ききずらいところがあり、目下のところ、チョントリオの「大公」が僕の愛聴盤となっています。